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名古屋高等裁判所 昭和34年(ナ)1号 判決

原告 吉田栄蔵 外一名

訴訟代理人 大友要助

被告 岐阜県選挙管理委員会

右代表者委員長 青木森三郎

指定代理人 杉村治津雄 代理人 松村光磨

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「原告吉田栄蔵より被告に対する岐阜県知事の当選に関する異議申立事件について、被告が昭和三十三年十二月六日なした棄却決定はこれを取消す。昭和三十三年九月二十一日執行の岐阜県知事選挙における候補者松野幸泰の当選は無効とする。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、被告訴訟代理人は、原告等の請求を棄却するとの判決を求めた。

原告訴訟代理人は、本訴の請求原因として次のように述べた。

一、被告は、昭和三十三年八月二十七日岐阜県知事の選挙を告示し、同年九月二十一日これを執行した上、同選挙の候補者訴外松野幸泰が得票数三十二万三千九百七票をもつて当選した旨告示し、且つ同人にこれを告知した。

原告等はいずれも右選挙における選挙人であるが、原告吉田栄蔵は被告に対し、訴外松野幸泰の当選は無効なる旨主張して異議を申立てた。これに対し被告は、昭和三十三年十二月六日右異議申立を棄却する旨の決定をなし、同月八日岐阜県公報をもつてこれを告示した。

二、しかしながら、右決定は不当であり、訴外松野幸泰の当選は無効であるから、本訴をもつて該決定の取消を求め、且つ右当選の無効宣言を求める。その理由は次のとおりである。

訴外松野幸泰の当選は、公職選挙法第百四条の規定によつて、その効力を失つたものである。即ち、訴外昭和工業株式会社は本店を岐阜県本巣郡穂積町別府四百十八番地におき、資本金三百万円砂利の採取及び販売等を営業目的とする会社であるが、右会社は岐阜県内の河川において県の許可を受け砂利の採取業を行つている。そして訴外松野幸泰は、昭和三十年四月二十九日同会社の代表取締役に就任し、爾来今日までその地位にあるものである。従つて右は、地方自治法第百四十二条に該当し、公職選挙法第百四条により、当選の告知を受けた日から五日以内にその関係を有しなくなつた旨を届出でない限り、当選の効力を失うものである。しかるに訴外松野幸泰は、右関係を有しなくなつた旨を五日以内に届出でなかつたのみでなく、今日まで引読き右会社の代表取締役の地位にあるもの故、右当選の効力を失つたこと明瞭である。

三、訴外昭和工業株式会社は、岐阜県知事の許可を受けて、河川法の適用ある同県内の河川長良川において二ケ所(本巣郡穂積町鉄橋附近及び岐阜市内忠節橋附近)、籔川において一ケ所(本巣郡真正村温井地先)それぞれ営業として砂利の採取を行つている。右砂利の採取事業は、岐阜県知事の河川生産物採取許可の形式をとつているが、その実質は私法上の請負又は売買契約である。又砂利採取業は私企業に属し、且つ独占的営利事業である。

そもそも地方自治法第百四十二条の趣旨は、普通地方公共団体と私企業との関係を隔絶して、首長の公正な職務執行を担保せんとするものである。従つて、同法にいう請負とは、民法上の請負契約のみならず、広く売買その他、首長が自己の関係する私企業の利益を図り、公正な職務の執行を怠るおそれある、凡ての場合を包含するものである。

訴外昭和工業株式会社は、県より砂利採取の許可を受け、砂利を採取販売することを、その営業の基礎としている。その営業目的には、砂利の採取販売の外、土木建築及び労務供給等を掲げているが、長良川及び籔川における砂利採取の利益が同会社の利益の大宗であり、営業の主要部分である。それ故有は、地方自治法第百四十二条にいう、主として同一行為(県より砂利採取を請負うこと)をなす法人であることは疑ない。元来、岐阜県下における砂利採取事業は、愛知用水公団、政府の道路五ケ年計画、その他各種の建設事業の増加に伴つて、その経済価値は益々重要視せられているもので、甚だ有利且つ有望な事業となつている。業者はこの許可を得るため狂奔し、多数の業者が競願する始末である。この状況下において、出願者たる業者と許可権者たる知事とが同一人であつては、許可事務の公正な執行を期待し得ぬことは当然である。現に、他の業者が出願すれば、昭和工業株式会社の同意書を添付せよと強要し、出願書類を突きかえす有様で、他の業者に許可を与えない方針を示している。

被告訴訟代理人は、答弁として次のように述べた。

一、原告の請求原因事実のうち、一の事実はこれを認める。

二、同二の事実のうち、訴外昭和工業株式会社が原告主張のような会社であり、訴外松野幸泰が昭和三十年四月二十九日以来同会社の代表取締役の地位にあること、訴外松野幸泰がその当選の告知を受けた日より五日以内に、右昭和工業株式会社と関係を絶つた旨届出をしなかつたことは、いずれもこれを認める。しかしながら、右により訴外松野が当選の効力を失つたとの原告の主張はこれを争う。同訴外人の当選には些かも瑕疵は存しない。

三、同三の事実のうち、訴外昭和工業株式会社が、岐阜県知事の許可を受けて河川法の適用ある同県内の長良川において二ケ所、籔川において一ケ所、それぞれ原告主張の如く砂利の採取業を行つていることは、これを認める。しかし、右事実により訴外会社と岐阜県との間に、地方自治法第百四十二条にいわゆる請負関係があるとの原告の主張は、これを否認する。

四、原告の主張は、公職選挙法第百四条及び地方自治法第百四十二条の趣旨を根本的に誤解し、且つ、河川生産物(砂利)の採取に関する事実上及び法律上の性質を無視するものである。本件砂利採取の法律関係は、凡そ左の三点から見て、公職選挙法及び地方自治法の前示各法条に該当しないものである。

(一)本件砂利採取に関する法律関係は、訴外昭和工業株式会社と岐阜県との関係ではなく、同会社と国との関係である。

およそ、河川法の適用を受ける河川は国の公物であり、国の管理権に服するものである。そして河川の生産物たる砂利の処理は、河川管理権の作用として行われるものであるから、従つて、その主体は常に国でなければならず、右河川の砂利を採取するについては、国の許可を受けねばならない。尤も、河川法上右の許可は都道府県知事がこれを行うことになつているが、これは都道府県知事が国の機関として(即ち国家機関たる地方行政庁として)、国の事務を執行しているものであつて、普通地方公共団体たる都道府県の長である知事が、その団体の固有事務として執行しているものではない。

(二)砂利採取に関する法律関係は、私法上の関係ではなく、公法上の関係である。

砂利採取の許可処分は、国家の行政権の発動たる行政処分としてなされるものであり、これにより設定せられる権利は純然たる公権である。右権利が公権たるの結果として、採取権者は法令の規定にもとずき諸種の義務の履行を強制され、特別なる監督に服し、特別なる制約を受けるものである。砂利を採取し販売する業務は私企業であつても、そのことと、砂利採取の法律上の性質(河川法の定める法律関係)とを混同してはならない。

(三)砂利採取の法律関係の実体は、請負又は請負類似の範ちゆうに属する行為ではない。

地方自治法第百四十二条にいう請負とは、民法上の請負契約のみならず、広く俗に請負と称せられる諸種の場合を含むことは異論のないところである。しかし、その具体的範囲については必ずしも明確でなく疑問の余地は多いが、要するに、地方公共団体に対して或るサービスをなし、それに対して地方公共団体から相手方に対価(報酬)を支払うという基本的構成においては、固有の請負の場合とは変りなく、若しこのような基本的構成を欠くならば、それは請負又は請負類似の法律関係として観念することはとうてい許されない。しかして本件において、訴外昭和工業株式会社は知事の許可を受けて砂利を採取するけれども、右の場合県よりなんらの報酬を受けることなく(事実は逆であつて、会社から県に対し採取料を支払うのである)、又、県より頼まれて県のために事業をやつているという関係ではないのである。即ち訴外会社と県との間には、請負関係の成立する余地は全く存しないのである。

五、このような訳で、訴外昭和工業株式会社の砂利採取事業は、公職選挙法及び地方自治法の各規定に該当するものでなく、訴外松野幸泰の当選の効力に影響を及ぼすことはあり得ない。従つて、右当選の効力を争い被告のなした原決定の取消を求める原告の本訴請求は、とうてい理由なく容認せらるべきでない。

原告訴訟代理人は、被告の答弁に対し更に次のように述べた。

一、河川における砂利採取の許可は、その事務内容より見れば、国が地方公共団体の機関である知事に委任したいわゆる機関委任事務であるが、その経費負担及び収入帰属の面より見れば、地方公共団体の団体事務である。即ち、右許可を全体として観察すれば、地方公共団体の事務というべきである。特に、その収入帰属の関係においては、府県の団体事務であり、府県に属する収入の決定をなすことは、府県自身の事務に外ならないのである。従つて、砂利採取を許可することは、一面において、知事が国の機関として河川行政事務を執行することであるが、他面において、県に帰属すべき収入の受入主体として、河川生産物を売買する取引行為に該当するのである。

二、公物使用に関する権利は、本来公法上の行政行為によつて成立する公法上の権利であるを原則とするが、公物としての行政上の目的を妨げない限りにおいて、私法上の権利が成立しうるのである。砂利採取のように、公共用物である河川からその附属物である砂利を分離することは、河川の管理上却つて必要とする場合があり、公物本来の目的を妨げるものでないから、私法上の売買の目的にも供し得るのである。即ち、砂利採取は、この意味において、公物たる河川から附属物である砂利を分離し、これを営利の目的に供する売買取引である。

三、地方自治法第百四十二条にいわゆる請負は、民法上の請負のみならず、売買その他広く営業として行われる経済的ないし営利的取引はすべて包含せられるのである。又右の請負は、被告の云うように、県より報酬を受ける場合に限らず、逆に県に対して代金を支払うべき場合をも含むのである。通常の場合の請負は、県が注文者となり請負人に報酬を支払うことが多いが、砂利採取の如く、県が売主となり採取者より採取料を収受する場合も、同じく請負といい得るのである。

四、砂利採取に関する知事の許可は、その性質を仔細に観察すれば、次のようになる。即ち、右知事の許可は(一)河川管理者である知事が、公物たる河川から砂利を分離するについての機関意思の決定、(二)公物から砂利を分離する行為の委託、(三)採取した砂利の所有権を採取者に取得せしめることの承認、以上三個の行為の結合から成るのである。先ず(一)の行為は、申請に対して、公物であり単純には私権の目的となり得ない河川から砂利を分離して、私権の目的である動産となすことについての、行政権の意思決定をする行政作用である。(二)の行為は、行政作用として決定した行政機関内部の意思を、許可書という文書をもつて通知してなす、委託行為である。流水、河床、堤防等公物の本体を構成する河川の統一体から、砂利のみを分離する事実行為を、申請者に対して委託するのである。

被告は、砂利採取の許可には県より委託をなす行為はないと主張するが、前記(二)のように、河川より砂利を分離する行為の委託がある。又被告は、この委託に対して採取業者は県より対価を得ていないというが、採取業者は県に対して僅か一立米二十円の採取料を納入するのみで、採取した砂利を川積一車(約四、二立米)千四百円、一立米当り三百三十円余で販売し得るから、これによつて多額の報償を収得しうる訳である。要するに、採取業者は県の許可によつて、県より河床保護の目的で砂利採取の委託を受け、その対価として多大の商品価値を有する砂利を取得するのである。即ち、本件においても、訴外昭和工業株式会社と岐阜県との間には、一面請負契約の要件を具えることは確実であり、結局、砂利採取行為は請負と売買の混合契約と観念するのが相当である。

立証として、原告訴訟代理人は甲第一ないし第七号証、第八号証の一ないし六、第九号証の一、二、第十号証、第十一号証の一、二、第十二及び第十三号証、第十四号証の一、二、第十五号証の一ないし三十二を提出し、証人井上正市、小川功、宮崎虎太郎、大石正一、加納重一の各尋問を求め、乙号各証の成立を認めた。被告訴訟代理人は乙第二及び第三号証(第一号証は欠)、第四ないし第六号証の各一、二、第七号証、第八号証の一ないし六、第九号証の一ないし十四、第十号証、第十一号証の一ないし三を提出し、甲第一ないし第三号証、第五号証、第九号証の二、第十号証、第十三号証、第十五号証の一ないし三十二の各成立を認め、その他の甲号各証の成立を不知と述べた。

理由

一、被告が昭和三十三年八月二十七日岐阜県知事選挙を告示し、同年九月二十一日これを執行した上、右選挙候補者訴外松野幸泰が得票数三十二万三千九百七票をもつて当選した旨告示したこと、原告両名はいずれも右選挙における選挙人であること、原告吉田栄蔵は被告に対し、訴外松野幸泰の当選の無効を主張して異議の申立をなし、被告は昭和三十三年十二月六日右異議申立を棄却する旨決定をなし、同月八日岐阜県公報をもつてこれを告示したことは、いずれも当事者間に争のないところである。

原告等は、右決定は不当であり、訴外松野幸泰の当選は無効である旨主張するので、以下この点について判断する。

二、地方自治法第百四十二条によれば、普通地方公共団体の長は当該普通地方公共団体に対し請負をなす者、又は主として同一の行為(請負行為)をする法人の取締役等であつてはならない旨規定し、公職選挙法はその第百四条において、地方公共団体の長の選挙に関し、右地方自治法の規定に該当する者は、当該選挙の事務を管理する選挙管理委員会に対し、当選の告知を受けた日から五日以内に、同法条に規定する関係を有しなくなつた旨届出をしないときは、当選の効力を失うことを明かにしている。

よつて先ず、右地方自治法第百四十二条にいわゆる「普通地方公共団体に対し主として請負行為をなす法人」とは如何なるものを指すか、以下この点について考察する。

三、右法条にいわゆる請負の意義に関しては、広狭種々の見解が存するが、それは当事者の一方が或る仕事を完成し、相手方がその仕事の結果に対し報酬を与えるという民法債権編所定の請負契約のみならず、広く一般に営業として地方公共団体に対し物品又は労力等を供給することを目的とする行為をも包含すると解する。即ち、民法上の本来の請負契約のみならず、地方公共団体に対し継続して物品を納入し、又は地方公共団体より事務処理の委託を受けてこれを執行する等、その内容として請負的要素を有する(すなわち請負類似の性格を帯びる)売買又は委任(準委任)等の契約をも包含する趣旨と解するを相当とする。

四、ところで本件において、訴外昭和工業株式会社が岐阜県本巣郡穂積町別府四百十八番地に本店をおき、一、砂利の採取及び砕石製造販売二、土木建築及び鉄道道床工事の請負三、その他これに関連する業務を目的とする会社であること、同訴外会社は、岐阜県知事の許可を受けて、岐阜県下の長良川において二ケ所(本巣郡穂積町鉄橋附近及び岐阜市忠節橋附近)、籔川において一ケ所(本巣郡真正村温井地先)、それぞれ砂利の採取事業を営むこと、及び、訴外松野幸泰は昭和三十年四月二十九日以来現在まで右会社の代表取締役たる地位にあることは、いずれも当事者間に争のないところである。

そこで右述のように、訴外昭和工業株式会社が長良川及び籔川において岐阜県知事の許可を受けて砂利を採取している行為が、地方自治法第百四十二条にいわゆる法人(昭和工業株式会社)が地方公共団体(岐阜県)に対して請負をなす関係に該るかどうかを検討せねばならぬ。

五、前記長良川及び藪川はいずれも河川法の適用を受けるいわゆる適用河川であることは、当事者間に争のないところであるが、右両河川における砂利の採取行為の性質について考えてみるに、いわゆる適用河川は国の公物であり、国の管理権に服するものであるが、河川法の規定によれば、国はその管理事務を国の機関としての都道府県知事に委任している。即ち、都道府県知事は国の委託にもとずき、その管轄区域内の適用河川につき管理権限を有するものである。そして都道府県知事は、その管理に属する河川について、特定人のために一般人には許されない特別の使用権を設定することができ、右使用関係の性質は行政法上いわゆる特許使用に当ると解せられる。ところで本件におけるように、河川の敷地から砂利を採取する行為も河川の特許使用の一態様に属し、右特許を受けた者は、一定の期間河川の敷地を占用して機械器具を設置し、継続的に所定の区域より排他的独占的に砂利を採取することができるのである。従つて、その権利の性質は一種の公権たる特許使用権と考えられる。しかして都道府県知事は、採取出願者の適格の有無、採取の目的、砂利採取が公益に及ぼす影響等諸般の事情を斟酌して、その自由なる裁量にもとずき採取の許否を決し得るのである。砂利の採取権を得た者は採取料を納付せねばならぬが(河川法第四十二条によれば、右は当該知事の属する地方公共団体の収入となる)、その採取にかかる砂利はもちろん採取権者の所有に属する(公物たる河川より分離した砂利につき、動産としての所有権を原始的に取得するのである)。

六、河川における砂利採取の手続を規律する法令としては、昭和三十三年十二月三日の河川法の一部改正以前においては、同法第十九条がその根拠法規とせられ(改正法においては第十七条の二が新設された)、岐阜県においては、右河川法第十九条にもとずき大正十三年十月三十日県令第四十号河川生産物払下規則が制定せられ、次いで、昭和三十三年七月十日岐阜県河川管理規則(岐阜県規則第五十六号)の制定を見、爾来これによつて砂利の採集手続が定められている。右規則によれば、岐阜県における河川区域内で砂利を採取しようとする者は、知事の許可を受けねばならず(同規則第六条第一項第三号)、右許可を受けるためには、河川生産物採取許可申請書を関係市町村長を経由して知事宛に提出すべく(同第二十条)、知事はこれに対して許可を与える(現実には更に法令にもとずき、管下の各土木出張所長によつて処理せられている)。右許可には採取の場所、区域、面積、数量等が特定せられ、又許可を受ける者は採取料を前納せねばならない(同第十五条第二項)。訴外昭和工業株式会社も、右手続に則つて前掲両河川における砂利採取権を取得し、その採取事業を営むものであつて、この点は当事者間に争のないところである。

七、よつて以上の各事実を前提として、訴外昭和工業株式会社の砂利採取行為が、果して地方自治法第百四十二条にいう地方公共団体(岐阜県)に対し請負をなす関係に該当するか否かについて考えるに、訴外会社の該行為は、岐阜県と訴外会社との間の民法上の請負契約によるものとは解し得ぬこと勿論であり、しかも右行為は、訴外会社が岐阜県に対し継続して物品を供給するとか、又は訴外会社が岐阜県より事務処理の委託を受けてこれを執行する等の関係でもない故、これを如何なる観点から考察しても、請負又は請負類似の(即ち請負的性格を帯びる)行為と断定することは困難である。右行為を目して、地方自治法にいう請負の概念に当るという原告の主張は、とうてい首肯し難い。

原告は、岐阜県知事が訴外会社に対し砂利採取を許可する処分及びこれにもとずく同会社の砂利採取行為のうち、河川敷地から砂利を分離する行為のみを抽出し、右について県より訴外会社に対し事業の委託があつたと説明する如くである。なる程河川の砂利を掘さくする行為は、河床の土砂が堆積して流水の障害となるを防ぐ効果があり、右は河川の保護上必要な行為として、訴外会社に対し事業の委託があつたと解せられぬこともないでないが、証人宮崎虎太郎の証言によれば、一般に河床の砂利の堆積を防ぐ処置は河川の管理上常時さして必要でなく、殊に岐阜県においては、河川の上流に貯水ダムが多い関係上土砂の流下による河床の隆起は少く、土砂の排出作為は特に必要とされず、却つて土砂の掘さくにより河床に異状を生じ、堤防を弱くし、洪水予防上好ましからぬ影響をもたらすもので、河川管理の必要のために訴外会社に砂利の掘さくを委託する如きことはあり得ぬというのであり、右のような事情にかんがみれば、岐阜県と訴外会社との間に砂利掘さくの委託があつたものとは到底考え得ない。又原告は、訴外会社が岐阜県に対し採取料を支払つて砂利の払下を受ける行為は一種の売買取引であると主張するが、砂利採取料は前記のように、訴外会社が岐阜県知事から河川の使用を許され独占排他的に砂利を採取することを得るための特許料であつて、一種の公物使用料と解すべきものである(岐阜県にとつては右採取料は公法上の収入であり、その滞納に対しては強制徴収の方法が許される)。従つて、右採取料をもつて訴外会社が岐阜県から砂利の払下を受けるため支払う売買代金と見るは当らず、訴外会社の砂利採取行為をもつて砂利の買受行為となす原告の主張はとうてい支持し難い。

なお原告の主張によれば、砂利採取業者たる昭和工業株式会社の代表取締役松野幸泰が岐阜県知事に就任すれば、知事の砂利採取許可処分は不公平となるを免れず、その職務執行の公正を期し得ないというのであるが、若し同人の岐阜県知事就任により将来その砂利採取許可処分の取扱が不公正となれば、その時は右非違を匡正するため適宜の行政救済の方法を講じてこれに対処すれば足り、今日右のような事態を予測して、同人の知事当選の無効を訴求することは行き過ぎであるのみならず、証人大石正一の証言によれば、岐阜県の河川においては、機械採取の方法による砂利の採取は昭和三十二年十月以前に採取権を取得した業者にのみ出願を許され、その後の新規な業者による出願を認めぬ方針であるところ、昭和工業株式会社はすでに昭和三十一年以降機械採取による採取権を有し、いわば既得権者的立場にあることが明かであり、又一般に、河川の砂利採取権の附与は採取期間を定めてなされるものであるが、右採取期間を経過しても、特段の公益上の理由がない限り継続して期間の更新を許すべきものと解せられるから、これらの点から考慮しても、右昭和工業株式会社の代表者が砂利採取の許可権者となることにより、特段に自己の会社の利益を図り他の業者に不利益を被らす処置を執る恐れは少いと云わねばならぬ。よつて、この点に関する原告の主張も亦是認するに足らない。

八、以上のような訳であるから、訴外松野幸泰が、岐阜県選挙管理委員会から昭和三十三年九月二十三日岐阜県知事に当選の告知を受けたに拘らず、同日より五日以内に同委員会に対し公職選挙法第百四条所定の事項の届出をしなかつたこと(この点は当事者間に争のないところである)は、別段同法にてい触するものとはいい得ず、右届出をなさなかつたことを理由に同訴外人の当選を無効なりとし、被告のさきになした決定の取消並に右当選無効の確定を求める原告等の主張は失当と云うべきであり、本訴請求は排斥を免れない。

よつて、原告等の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用して、主文の如く判決する。

(裁判長裁判官 浜田従六 裁判官 山口正夫 裁判官 吉田誠吾)

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